『余命10年』
いきなりだが、僕はこういうのは、あまり好んで観る方ではない。
愛する人が亡くなることはそんなの悲しいに決まってるじゃん。
物語にすればそりゃ感情移入するし、きっと泣く。
「日本中が泣いた感動のストーリー!」
みたいなキャプションつけて盛り上げようとするでしょ?
そういう感じが透けて見えてしまうからあまり好きじゃない。
とかっていう前置きをしてからじゃないとこのブログを始められないくらい、ほんとに号泣した。劇場から出ても、涙がせり上がってきてしばらくは動けなかった。大げさじゃなく。
きっかけはほんの数日前だったと思う。
ネットニュースか何かで情報を知って。テレビは最近全然つけてないから。まあそれはいいんだけど。
この2人が主演なら良さそう、という直感的なものがあった。
観る前にあまりネタバレとかもしたくなかったので、1つだけインタビュー記事を読んだ。
特に小松菜奈さんの覚悟の強さと、2人の距離感という部分の話が期待を膨らませた。
そして今日。
以下、多少ネタバレあり。
2011年から2020年にかけて巡っていく季節たち。
その日々の中で、まだ何者でもない和人が、茉莉と出逢って交わる中で変わり、成長していく。
そしてまた、すべてを諦め、グレーな日々を過ごしていた茉莉の心も救われていく。
ただ、治らない病気であることはずっと隠したまま。
だから茉莉は自分と和人との関係に一線を引いている。
そこに切なさがある。
「これ以上一緒にいたら、死ぬのが怖くなる」と、別れを切り出す場面がある。
精一杯の、強がり。そして思いやりと愛。
あなたには私のぶんまでしっかり生きてほしい。
家族の待つ自宅へ帰った茉莉は、ずっと抑えてきた胸の内を母へ打ち明ける。
死にたくない、もっとやりたいことが沢山あるのに、と。
茉莉の病状は日に日に悪化していく。
その中で、力を振り絞り書き上げた一編の小説。
『余命10年』
これが彼女の生きた証。
原作小説の著者である小坂流加さんは、この本の刊行を待つことなく旅立ったことを知った。
映像がとても美しい映画だった。
春の桜や、夏の海や、秋の公園や、冬のゲレンデ。
息を飲むような、というシーンが沢山あった。
そこで生きている和人と茉莉たち。
音楽はRADWIMPS。
彼らの音楽というのはとても情緒的かつ哲学的だと思っている。
その音楽に導かれたようなシーンがある。
病院で茉莉が意識を失いかけたとき、
和人との《未来》がフラッシュバックする。
健康な自分が、一緒に海に入って、走り回ったり、スカイツリーに行ったり、結婚して、子供が産まれて、3人で遊んでいる。
ラストシーンでも、桜の咲く公園を花を持って1人で歩く和人が、茉莉と2人で歩く自分の姿を見る。
それらは、世界のどこかに存在したパラレル。
それを認識したということが重要なところだと自分には思えた。
絶望なんかじゃない。
そこには確かな愛があったのだから。