あいどんわなだい

心を言葉に。

誰がために

「感染拡大防止のため」

 

「マスクの着用をお願いいたします」

 

「咳エチケットなどのご配慮をお願いいたします」

 

「大声での会話は控えるようお願いいたします」

 

 

あれ?

これって誰のためなんだっけ?

 

 

 

「重症化を防ぐため」

 

「ワクチン接種をお願いいたします」

 

「引き続きマスクの着用をお願いいたします」

 

 

あれ?

これって何のためなんだっけ?

 

 

 

 

 

目指したい先はきっと皆おんなじ

 

前みたい 顔を合わせて話がしたい

 

 

 

目指すのは皆が笑っていられる社会

 

 

 

いがみ合い 叩き合い

 

こんなはずじゃなかったんじゃない?

 

 

 

 

2020年3月

 

緊急事態宣言

 

 

奪われていく

大切な時間

 

奪われていく

大切な思い出

 

 

大人の俺たちのことなんか知ったこっちゃない

 

ただこれだけは

 

未来ある若者の未来だけは

 

どうか奪わないでくれないか

 

 

 

 

 

たられば

『silent』というドラマを見ている。話題と聞いて、第3話から見始めたのだが、まんまとハマった。

パンサーの向井慧さんもドハマりしてラジオでよく『silent』の話をしていて、それにも影響されているところがある。

あらすじなどは調べられるし、ここでは省略する。

その12/1放送の第8話から、とある記憶が甦った。

 

 

 

 

大学の1回生の頃、手話サークルに所属していた時期がある。きっかけはなんだろう……同じ科の仲良くなった数人が入るという流れになったからだったろうか。もうよく覚えてはいない。小さい頃、長期休暇には祖父母の家に泊まりに行っていたのだが、その近所に耳の聴こえない(難聴だったかな)女の子が住んでいてたまにその家について行っていたことがあった。そこで手話というものを初めて知った。

 

 

ドラマの中では、風間俊介演じる春尾という人物がボランティアとしてパソコンテイク(耳の聴こえない学生の為に講義の内容をパソコンに打ち込む作業)をしていた。その動機は就活の為であると春尾は悪びれずに公言する。

 

 

こんなこと自分で言うのもあれだけど、僕は良くも悪くも?打算的な人間ではないので就活でアピールしようとかの考えはまったくなくて。ただ、知らない世界に興味があっただけ。それに優しそうな人が多くて居心地も良かったしね。

 

 

 

僕の在学当時は、まだパソコンではなくノートテイクだった。話に聞く程度で自分がしたことはないのだけれど、同じように講義をノートに落とし込むようなものだったのだろう。そのノートテイクをしているという先輩はいた。

 

 

 

 

そんなサークル活動の中で、聴覚障害の人たちとの飲み会に参加させてもらったことがあった。まだ全然手話なんて知らない僕は、もちろん話に参加することもなく先輩や同級生たちの手話を使って会話する様子を見ていた。

 

 

その時の僕は何を思っていたかなあ。と考える。

 

 

耳が聴こえないということ、ただそれだけのことなのに、まるで言葉の通じない外国人を見るような気持ちだったのではないか。率直に言うと、怖かった。

そんな僕に、まったく聴こえないわけではないと思われる人が話しかけてきてくれた。でも、その発音は曖昧で、言葉を解読するのに何ターンか要してしまった。申し訳なく思った。結局たいして会話は続かなかった。当たり前だけど。

 

 

自分が手話という手段を使えないせいでコミュニケーションできない、いや、少し考えれば何とでもやりようはあるはずなのだけれど、当時の僕は身がすくんでしまった。

 

 

 

 

それからサークル活動からは足が遠のいていった。単純に忙しくてサークルに割く余裕もなくなってしまったというのもあったけど、もしもあの時サークルを続けていたら、今ではもう一切つながりのなくなってしまった仲間たちともまだ交流があったかも知れないし、きっと人との出会いも、知らない世界との出会いもあっただろうし、今とは違う人生だったのかなぁ…。

 

 

 

『silent』では、春尾は桃野奈々という学生と知り合い、手話を学び、手話通訳士という仕事を目指す。

ところが奈々は、

「仕事にしてほしくて手話を教えたんじゃない」

「善意は押し付けられたら偽善」

と春尾を拒絶する。

 

 

 

 

自分なら…と考える。

自分なら、やっぱりその道を選ぶだろうか。

たとえ偽善と思われようと、困っている人の力になれる仕事を担おうとしただろうか。

 

 

 

 

残念ながら、今のところはそういう生き方は出来ていないな。

そういう人になりたかったはずなんだけど。

 

 

 

 

 

なんてことをこの『silent』第8話を見て思いました。

おわり。

 

 

 

amazarashi 「そういう人になりたいぜ」 Acoustic - YouTube

 

 

今日は狐火の新譜を聴いた


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空を見ることが少し増えたような気がする。

素直に「綺麗な色だな」とか思ったりする。

そんな時に聴いてる歌の中に「青空」とか「晴天」だとかって歌詞が出てくると気分が上がる。

推しが好きな空だから、というのもあるだろうし、単純に心に余裕がある証拠なのかも、とも思う。

 

 

最近心がけていることは、たいして自分には意味がないことに時間を割かない、ということだ。

 

 

わかりやすい例を出すなら、別に興味ないのにTwitterで盛り上がってる話題をついつい追ってしまったり。気づいたらネットニュースを掘って10分経ってた…みたいなことをしない、だとか。もし自分がそんな風になってると気づいたら、すぐ別のこと、本来やろうとしていたことに意識を向ける。

 

 

1日はあっという間に終わってしまう。

寝て、起きて、メシ食べて、仕事して、帰宅して、なんか色々やって、寝る。そして起きる。そんな繰り返し。

 

 

今日はなんにもしなかったなー、という日もあっていい。あっていいけど、上で書いたような意味ないことで時間を浪費してしまうのはもったいないからやめよう。やめたい。

 

 

勉強でも、読書でも、映画見るでも、好きなテレビ見るでも、漫画読むでも、運動するでも、ブログを書くでも、瞑想するでも、ゲームするでも、なんでもいい。なんでもいいからやりたいことをちゃんと選ぶ。だって「やりたいことの先にしか楽しいはない」ってタイトル未定さんも歌ってる。

 

 

それから、身の周りを整える。これはかなり大事。

 

 

僕はADHDなので(※ちゃんと診断とかしてはいないんだけどいろいろな特性が当てはまりすぎている)、わりとすぐ部屋が乱れる。「部屋の乱れは心の乱れ」とはよく言ったもので、鶏が先か卵が先かみたいな話なのかも知れないけど、乱雑な部屋に居るとやはり乱雑な気分になりがちで。そうかと言って潔癖症なわけでもないのである程度の許容範囲は持ちつつも、ちゃんと掃除機をかけるとか食器は溜めずに洗うとか、当たり前なんだけどもその当たり前を当たり前にやるのが大事だなぁと思う。そして出来たら自分にご褒美をあげる。好きな音楽をかけながら温かいコーヒーを淹れてくつろいだり。もし気分があがらなければ「先にご褒美」パターンでもOK。これを飲み終えたらやるぞ!とね。飲み物は気分で変えたりしたいのでいろいろ常備しておくようにいる。今あるのはコーヒーと緑茶とカフェオレとコンポタ、それくらいかな。コーヒーの香りって、いいよね。

 

 

あとは部屋にある使っていないもの、不用品、そういうものが目に入るだけでもなんとなく重たい気分がよぎったりするので、出来ればこれらも手放してしまった方がよりスッキリしますね。押し入れにしまいっぱなしの着なくなった洋服類も、この前いくつか処分したらスペースが空いたので部屋がちょっと片付いた。

 

 

しかしどんなに部屋を整えても、うちにはおてんば姫がいるもので…。

 




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見るも無残な……

 

これはもう最初からわかってたことなので、ソファも安物だし、布類もすぐズタボロにされてしまうのでとにかく高級なものは必要ない。っていうかそもそも買えない。笑

でも本棚の本をひっかいてボトンボトン落とすのだけはやめてほしい。本は好きなのでね…。

 

 

それでもやっぱりかわいいんだよな。うん。猫はいいぞ。


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そんな感じで精神的にはだいぶ落ち着いた穏やかな日々を過ごせています。そんな風でいられる今に感謝。もしかしたら今まで書いてきたみたいな熱い気持ちの文章は今後はほとんど書けなくなってしまうのかも知れないけど、それは少し寂しくも思うけど、大切にしたいものは少しずつ変わるというか。変わっていける人が強い、って推しも言ってた。

 

 

今を大切に。自分を大切に。

 

 

 

 

あとね、生きづらいと感じるなら、他人からどう見られるかなんていうものは一切気にしないで生きたら一気に楽になるよ。それが自分を大切にするということ。そう言われても……っていうのもわかるけども。思ったことは引っ込めずに言うとか。ただ、言い方、伝え方には気をつけて。相手への敬意を忘れないこと。それくらいかなあ。最後のは誰に言ってるのかわかりませんけども(笑)。なんとなく書きたくなった。自分へのメッセージでもあるかも知れない。

 

 

そんな、38才のリアル。by俺。

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。

 

 

ではまた。

 

 

 

 

38才のリアル / 狐火 Track by SHIBAO - YouTube

 

 

 

僕はもうアイドルオタクではないのかも知れない

前回、自分の経済問題のことを書いたのだけれど、まあそれからの流れの話でね。

 

 

「俺ってほんとにアイドルオタクなの?」

という自問が生まれてきて。

 

 

最初にドルオタの世界に足を踏み入れたのが2004年とかなのよね。かれこれ18年目?気づいたらもうめちゃくちゃベテランよ。いくつものグループを見送り、何人もの推しメンがアイドルの世界から卒業していった。現場でも自分より若い人が増えてきて。(もちろん人生の先輩方もいますが)

 

 

1つのきっかけは、矢島舞美さんが結婚したことが影響あるのかも知れない。

長いオタク人生の中でも一番と言っていいくらい、素晴らしい人に出逢えたなと今でも思っているし、そんな矢島さんがとうとう結婚か〜と。がっつり推した人が結婚するというのは初めてかな。

まあそんな話は余談として。

 

 

そんだけ長い間、アイドルの情報に毎日触れ続けていれば、そりゃあそれが習慣になってしまうわけで。こうなると簡単には抜け出せない。一種のマインドコントロールとも言えるかも知れない。

 

 

思い当たる節はあって。少しずつオタク活動にかける時間とお金がもったいないなという気持ちが出てきているんだよね。それまでは「今しかないから」「後悔しないように」という気持ちが強くてお金は二の次だったんだけど。今は、遠征して泊まったりするよりは家でにゃんことのんびりしたいなとか、古くなった家電製品も買い替えたいなーとか。そういう方向に徐々にシフトしてきている。

 

 

どっちも取れるくらい余裕のある収入があれば選ぶ必要もないんだろうけど、今の自分はどちらかを選ぶ必要があって。

たぶんオタクってのはそういうこと考えずに脇目も振らず突っ走れるのが「オタク」なのだと思う。

 

 

 

振り返ると、7/18がやっぱり自分の中では大きな区切りになったんだろうなと。


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2年前、札幌にタイトル未定を観に行って、「いつか仙台にも来てね」と言ってそれから自分なりに追いかけてきて。

2年かかったけど、仙台に来てくれた。ずっとこれを密かに目標にしていたような気がするんだよね。

 

 

その先はもうロスタイムのようなもので。

TIFでは本当に良いものを見せてもらったし、メインステージも勝ち取れたし、ツアーファイナルも、アコースティックライブ『にたものどうし』も、本当に行けて良かったと思っているけど、あの日の仙台が持つ意味にはきっと敵わない。

それくらい僕にとっては特別なものだった。

 

 

 

何を書こうとしているのか自分でもそろそろわからなくなってきたのでそろそろ締めようかと思いますが、冒頭の問いの答えはまだ出せていません。そんな簡単に出るものじゃないのも分かっている。ただ、アイドル無しには生きられないようなヤワな人間になったつもりもない。というか、好きなものは好きっていうだけの話で、それはアイドルの場合もあるだろうしアイドル以外のものも当然あるんだよね。

 

 

そんなわけでもう寝ます。今日もまたアイドルさんにおやすみリプをしつつ。

 

 

カード止められた



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貯金ゼロその日暮らしの人間なんですけど、この前うっかり口座の残高不足でクレカの引き落としがされてなかったのですね。この口座はWi-Fiの月額料金とたまにやる馬券購入費にしか使ってない口座なんで必要最小限くらいしか入れてないんだけど、いろいろあって先日Wi-Fiの解約をして最後に解約金が引き落とされることになっていたんだけれどそのぶんが足りないと連絡があり。そんでちょうど持ち合わせがなかったので、仕方なく一旦借りるという形で対処しようと思ったら借りられない。あれ?これはひょっとしてまずいやつなのでは?

 

 

 

 

その時、僕の脳内で流れ出した歌、

 

 

借りた金返せよ♪

借りた金返せよ♪

借りた金返せよ♪oh〜

借りた金 はした金なんでしょ

(※本来の歌詞は「貸した金」です)

 

 

 

いや、歌ってる場合じゃねえのよ。

とりあえず電話してきた銀行の人には「金曜までに準備します」と返答したものの、はて。財布を覗くと野口が3人と小銭が少々。解約金は約1万円。この差額をどげんかせんといかん。ばってん何も良いアイデアが浮かばんとですよ。リアルウシジマくんか、リアルカイジか。ざわ……ざわ……

 

 

で、考えに考えた結果、「そうだ!押し入れに眠ってるあれがあるじゃないか!」と某ブランド腕時計を取り出したのです。なんか初めてボーナス的なでかいお金が入った時に購入して結局あまり着けてなかったやつ。家にあるファッション類では一番高価。電池切れてましたが。。

 

 

でも買い取ってくれるお店を調べてたらそういう品でも買取り可能だということだったので持ち込みました。初めてああいう店に入りましたが、スタッフさんの対応がまあ丁寧でね。こちらも畏まってしまいますね。リッチなおじさまおばさま方がよく使うんだろうなあ。結局いくらになったかは特に言いませんが、思ってたより高値で買い取ってもらえたので解約金には充てられる(と給料日まで少し余裕が持てるくらい)の現金をゲット。即口座へどん!とりあえずこれで一安心。

 

 

しかし、問題はこれで解決ではない。

そもそもこういうお金が不足する事態は初めてではなくて、その都度どうにかこうにかしてはいたものの、本質的な解決にはまったくなってないわけですよね。

 

そこで自分会議を開催します。

「君さあ、これじゃあいつまで経ってもラチが開かないよ」

「でもちゃんと毎月支払いは出来てるじゃないか」

「結局月末とかピンチになったらまた借りてって、同じことの繰り返しじゃなあ」

ぐぬぬ…」

「切り詰められるところがあるだろう、わかってるぞ」

「貴様…それは…俺の生きがいを奪うというのか!」

「生きがいを失うのと命を失うの、さてどっちを選ぶ?」

「クソっ…そんなものは…選べない……」

 

 

 

 

結論。

「いのちだいじに」

 

 

今が一番大事だけど、今を大事にしてばかりもいられないんだなぁ。かしを。

 

 

来年から本気出す。男に二言はない。

 

 

 

 

とりあえず、マイルチャンピオンシップはセリフォスから。相手はシュネルマイスター、ダノンスコーピオンへ馬連で。以下、三連単の3着にサリオス、ソダシ、ピースオブエイト、ソウルラッシュ、ホウオウアマゾン、ジャスティンカフェまで。予算がないので各100円ですがここは当てたい、切実に。

 

 

 

 

 

あ、あの、こんなこと書いてますが全然心配しないで大丈夫です!なんとかするし、なんとかなる。ティモンディの高岸宏行さんの言葉が応援してくれてるので。

 

 

 


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『やればできる!』

 

 

やってやるよ~!!

それでもしがみ付く光を 生きていく為の言い訳を

 

 

SUPER BEAVER「ありがとう」MV(バンドver.) - YouTube

 

 

TikTokで、SUPER BEAVERの『ありがとう』という曲の動画が上がっていた。

なんかのフェスでのステージだった。

とても良い歌だなと思った。

そこにボーカルの渋谷龍太さんの熱いMCも合わさり。

ありがとうって。言いたかったなって。

言いたかったってなんだよって。

ここで歌うだけじゃ意味がなくて。

受け取ったあなたが行動して初めて意味がある。

いやそんなこと言ってなかったかも知れないけど。

そういうメッセージだと僕は思った。

とても強くて優しいバンドだなと思った。

 

 

 

 

と、同時に、なんとも言えないザラザラしたものがあった。自分の心の中に。それをしばらく放置していた。

そしてふと、気づいた瞬間があった。

 

 

「あの歌は、誰もが共感できるものなんだ」ということに。

 

 

100人が聴いて、ほぼ全員が共感するものだと思うんだ。この歌は。

 

 

そして僕が音楽に(音楽だけじゃなくて本や映画でも)求めているのはそういうことじゃないんだ。

 

 

 

 

僕だけに届く歌。

僕だけに寄り添ってくれるような歌。

僕だけの光になるような歌。

誰もいない僕だけの世界に咲いた花のような歌。

 

 

 

上手くは言えないけど、そういう感覚。

誰もが共感するものなんてはっきり言って意味がなくて。

 

 

 

そしてそんなものは存在していない。

所詮、「僕だけの」なんてのは錯覚でしかない。

 

 

そんなことわかってる。

それでもいい。それでもやっぱり探したい。

 

 

 

 

「これは僕に向かって歌っている」

と思えるような音楽を、今日もやっぱり探してしまうんだ。

 

 

 

 

amazarashi『1.0』

amazarashi 『1.0』Music Video feat. チ。 - YouTube

 

 

出逢ったタイミングには意味がある、について

 

 


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『出逢ったタイミングには意味がある』

 

 

そんな言葉を大切にして、信じている人がいる。

 

 

これは、すべてを肯定する魔法の言葉だけれど、

 

 

ただ呑気に構えていればいい、というような意味ではないのだろうなと、最近ようやく気づいて。

 

 

いや、気づいていたけど、表現できてなかったという感じかな?

 

 

 

 

叶えたい夢があって、辿り着きたい場所があって、

 

 

そこへ向かう努力はちゃんとしてるつもりなのに、

 

 

この先に聳える山が、あまりにも高く険しくて。

 

 

これじゃまだ足りないのか、ここまでやってもまだ届かないのか。

 

 

何度も何度も挫けそうになって。

いっそ夢なんてものに背を向けて逃げ出したくなって。

 

 

倒れそうになって。「そう」じゃなくて、本当に倒れてもう無理だって絶望してしまって。

 

 

 

 

そういう状況になって初めて、

 

 

 

 

『出逢ったタイミングには意味がある』の言葉が、

力を持ち、

自分の心に宿る小さな光となる。

 

 

 

今はまだ「その時」じゃない。

 

 

じゃあ「その時」をどんな自分で迎えたい?

今のままでいい?いや、もっと強くなれる。

もっと優しくなれる。もっと光り輝ける。

 

 

 

 

『出逢ったタイミングには意味がある』は、

 

 

「信念」だ。