あいどんわなだい

愛はどんなんだい

Run,run,run 走って君だけの場所へ・中編


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箱根駅伝

 

 

陸上を始めてからは毎年テレビにかじりついて見ていた。言うまでもなく学生長距離界の花形イベントである。

いつしか、少年もその舞台に立ちたいという憧れを抱くようになる。もちろん県内でトップ級の選手でなければ叶わないような険しい道だとは認識していた。それでも中継を見ていて“高校時代は無名の選手”なんていうランナーが走っているのを見ると、自分でもやれるんじゃないかと妙に希望を持ったりもしていた。

 

 

中学3年。進路選択の時期になり、少年はスポーツについて専門的に学ぶ学科のある高校を目指すことにする。そこは県立高だったが、運動部に力を入れていて、その学科も設置されてまだ2年目というところだった。これから歴史を作っていける、そんな気持ちもあったのかも知れない。

学校の成績面では確実に合格できる水準の高校だったが、推薦入試で不合格となる。それは県内の有望な生徒を囲い込むべく、推薦入試では競技力の高い生徒を優先して合格させていたため。競技力では抜きん出た存在ではなかった少年が受からなかったのは仕方のない面もあった。が、それなりに落ち込んだ。

この結果を受け、少年はその高校は諦めてもっと自分の学力に見合った高校にシフトすることを考えていた。そこでも陸上は出来るし、そんな気持ちだった。

 

 

その気持ちは一本の知らせで揺らぐことになる。

 

 

話によると、中学の陸上部の顧問の先生と、推薦入試を受けた高校の陸上部の先生が大学の先輩後輩同士で、直接連絡を受けたという。

推薦では合格させることが出来なかったが、一般入試でぜひうちに来てもらいたい、そういう話だったらしい。

少年は「僕にそれだけ期待してくれているんだ…!」と素直に喜んだ。親にもそのことを伝え相談したが、特に反対もされなかったのでもう一度その高校を目指すことにする。

そして一般入試で無事に合格を果たした。

 

 

すると、さっそくハガキが届いた。

3月末から4月初めにかけて、北関東の某県で練習合宿を行うのでぜひ参加してほしいとの内容だった。新しい環境に早く慣れる為にも、少年はこの合宿に参加することにした。

 

 

いざ合宿が始まると、朝と昼の2部練習に、外部の講師も招かれて夜に座学まであったり、いきなり内容の濃い体験をした。当然、すぐに全身がバッキバキ。少年は「すごいところに来てしまったな…」と思う。それでも自分をここでどこまで鍛え上げられるのかワクワクしていた。

 

(ちなみに、中学の部活動は11月で引退して、その後の期間は正直なところトレーニングをサボっていたせいでとても体力が落ちていたので合宿での練習はそれは散々なものだった。)

 

 

同年4月。少年は意外な事実を知る。

同じ長距離ブロックに自分以外の1年生が1人しか居ないのである。計2名。いくらなんでもこれは少ない。さらにそいつは普通科の平凡な成績のやつ。推薦入試で見かけた顔見知りのアイツやアイツが居ると思っていたのに。そこで、わざわざ連絡をしてきたという顧問の真意にも勘づいた。

 

 

「ははぁん、なるほど……この世代……人材難だったんだな…それで俺なんかに…」と。

 

 

藁にもすがる思いだったのだろう、そう解釈した。それを悪くは思わなかった。むしろ運命的とすら感じていた。

 

 

何はともあれ、こうした形で少年の高校生活が始まっていく。

 

 

 

 

陸上競技は個人種目がほとんどだけれども、練習はグループで行う。当然、その中で競争心だったり仲間意識というものが出来ていく。最後は1人での戦いかも知れないが、ともに競い合う相手は必要だし、種目に関係なく同じチームの選手は応援する。

実際、応援の力というのは大きくて、どんなにバテていても「がんばれ!」とか「まだいけるぞ!」と声がかかると錯覚ではなく本当に元気になるのである。

 

 

高い意識を持った選手が多かったので、練習環境は良かったのだろう。ただ、常に自分の限界に挑むようなトレーニングの日々の中で、少年はまだ「限界」の壁を破れずにいた。

 

 

その壁を破らなくてはいけない。

頭ではわかっていても、現実にならない。その葛藤の中で思い悩んでもいた。

 

 

 

 

「僕は箱根駅伝に出たいです!!」

 

 

いつかの自分の言葉も、どこか遠くに響く声になっていた。